第11回JMACシンポジウム
「Hx: 実験動物代替からヒト機能に対する評価試験へ ~ 生体模倣システムの最先端と標準化 ~」
講演要旨
【講演1】
生体模倣システムを取り巻く現状と、製品化戦略について
幸寺 玲奈
経済産業省商務・サービスグループ生物化学産業課
課長補佐
近年、新たな創薬分野の開発では、開発データの蓄積が乏しいため、治験で重篤な副作用が判明し開発中止になる事例が頻発しており、また、長期的に見た動物実験廃止の動きも欧米で出てきている。こうした状況から、新たな創薬開発ツールとして、ヒト細胞を用いた生体模倣システム(MPS:Micro-physiological System)に対する期待が高まっている。経済産業省では、平成29年度より再生医療技術を応用した革新的創薬支援基盤技術の開発として、MPSについての製品化を支援しており、令和4年度からは第2期事業として、前身事業の成果である各種デバイスについての製品化戦略や標準化に向けたデータ取得、基準作成について支援している。本講演では、これまでの支援の中で生まれた成果や、今後の製品化戦略についてご説明する。
略歴
2020年に経済産業省に入省。資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部新エネルギー課風力政策室にて、風力発電政策に従事。特に人材育成や国際、産業政策を担当。その後2023年6月より現職。
【講演2】
MPSを取り巻く国内外の現状
安東 治
国立大学法人筑波大学 生命環境系
主幹研究員
新規モダリティを含む今後の医薬品研究開発のために、従来技術(in vitro細胞培養系+動物in vivo評価系)よりもヒト生体模倣性が優れた、MPS (Microphysiological systems)の開発が期待されている。MPSは医薬品候補化合物の安全性、動態、薬効評価に加え、化粧品や食品、化学的リスク評価等、ライフサイエンス全般においての利活用が期待される。近年日米欧を中心に世界的に様々なMPSの開発が進められているが、微小流路による灌流や3次元的組織の配置等の複雑な要素を有することから、ロバストなアッセイ系として社会実装されるまでの課題も多い。
そのような背景の中、我が国ではAMED事業の枠組みを活用して「アカデミア」「細胞サプライヤー」「デバイスサプライヤー」「ユーザー(ファーマ)」が集結し、MPSの研究開発及び社会実装のための下地づくりを進めている。これまで、当該事業を活用して4種の国産MPSが開発されると共に、搭載する臓器細胞の仕様に関する検討を進めてきた。現在はMPSの社会実装を進める上で、「COUに基づいたMPSアプリケーションの開発」「国際標準化と規制受容」等に取り組んでいる。
そこで本セッションのイントロダクションとして、まずそれら事業成果をサマライズする。その上で、産業界の視点からどのような議論が進められてきたのかを紹介する。
略歴
1987 – 2007 三共株式会社(理化学研究所・NY州立大)
2007 – 2019 第一三共株式会社(U3 Pharma GmbH)
2019 – 2021 第一三共RDノバーレ 取締役
2021 – 2022 日本医療研究開発機構 (AMED)
2022 – 筑波大学生命環境系(AMED-MPS2事業 集中研究拠点)
【講演3】
生理学的培養系構築における酸素供給の問題解決
酒井 康行
東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻
現代の標準的フォーマットであるポリスチレン製のプレートやディッシュを用いる静置培養では,たった2ミリの培養液相中の酸素の拡散が律速となり,底面で培養される細胞は嫌気呼吸支配とならざるを得ず,本来の好気的呼吸を取ることができない.しかし,酸素透過性材料を用いて細胞付着底面を介して酸素を直接供給すると,細胞は好気的呼吸を取ることができ,今までの培養系では見られない自己組織化や機能を発現する.従来,優れた酸素透過性材料として専ら用いてきたポリジメチルシロキサン(PDMS)には疎水性化学物質を収着し易いという欠点があったが,ポリメチルペンテン(PMP)の薄膜にて代替ができることが分かり,新たな酸素透過性培養プレートとして三井化学(株)から上市されるに至った.一方,せん断応力の付加や複数臓器の連関の影響を評価するための灌流型のマイクロフィジオロジカルシステム(MPS)として,AMED MPS2プロジェクトにて,東海大学・木村啓志教授の開発したマイクロスターラーによる送液機構を利用したオンチップ灌流型の利用を進めている.ここでも,2つの培養ウェルの底面をPMP薄膜に置き換える研究を進めている.ヒトの小腸と肝臓の単独や灌流共培養にて,単独培養における肝臓機能の向上や両細胞間の相互作用による全体としての薬物代謝能の亢進を観測している.現在,住友ベークライト(株)共に鋭意開発を進めている.ここではやはり,PMPによる底面からの酸素直接供給の有効性が示されていることから,培養液の灌流による酸素供給は不十分であることを示している.これは,培養液の酸素溶解度が血液のそれの1/70であることを考えれば当然の結果ともいえる.以上,生理学的培養組織の構築とその利用を推進する上で,エネルギー生産の根本である好気的呼吸を簡便に実現するために,細胞を付着させる内表面を酸素透過性材料にて置き換え,培養液中の低酸素溶解性や拡散律速の問題を回避する設計が極めて重要である.
略歴
1991年4月東京大学大学院同研究科・博士課程・中途退学.
1993年3月博士(工学)取得.同大生産技術研究所,医学系研究科を経て,現職.多様な目的の細胞アッセイや膵島・肝の再生医療のために,生物化学工学を基盤として,細胞の組織化と良好な物質交換の両立を通じた生理学的な高機能培養組織構築,幹細胞の大量増幅や分化誘導に関する研究を推進.
【講演4】
日本のMPSサプライヤーとなるため
吉岡 孝広
東京応化工業株式会社
スペシャリスト
昨今、世界的にもMPSの需要が高まりつつある。昨年のMPS World Summit2023では予想を大きく上回る1300人が参加し、様々な成果報告、MPS製品の展示があり大いに盛り上がった。創薬スクリーニングにおいて動物実験に代わる手法の開発は必要不可欠である。
システムに重要なチップ、送液デバイスなどを提供するMPSサプライヤーとしてEmulate、Tissue、MIMETAS、CN-BIOなど様々なメーカーが世界には存在するが、日本においてはまだ代表できるようなMPSサプライヤーは存在しない。
東京応化工業は2017年から2021年のAMED-MPS プロジェクトに参画し、MPSチップ「Fluid3D-X」を開発した。2022年からのAMED-MPS2 プロジェクトでは更なる検討を実施し、MPSの社会実装を目標としている。東京応化はそのプロジェクトで、チップの開発、供給体制の構築、送液デバイスの開発を担当している。
システムを構築、提供していくうえで、品質の担保、作業者、日間、施設間誤差、購入後のアフターケアなど重要な課題はたくさんある。
半導体材料メーカーである東京応化工業がMPSサプライヤーとなるため、これらの課題にどのように取り組んでいくかを報告させていただく。
【講演5】
生体模倣システム(MPS)による創薬研究への住友ベークライトの貢献
相原 大知
住友ベークライト株式会社 S-バイオ事業部 マーケティング・営業部
主査
住友ベークライトは、これまで細胞培養プレートなどに代表されるプラスチック器材で創薬研究に貢献してきた。当社は独自の細胞低吸着表面処理技術とプラスチック微細加工技術を組み合わせて3次元培養器材「PrimeSurface®」を開発した。本製品は、国内外の製薬企業で薬剤スクリーニングや毒性評価に使用されている。
一方で、上述の3次元培養に加えてヒトへの外挿性を向上させるため手段として生体における各組織の機能や活性をより精緻に再現した “生体模倣システム(microphysiological system: MPS)”に高い注目が集まっている。 2022年末に成立したFDA近代化法によって、欧米の製薬企業を中心に創薬研究開発における動物実験を代替する技術としてもMPSの導入検討や実用化が急速に進んでいる。
当社は更なる創薬研究への貢献を目指し2017年より日本医療研究開発機構 (AMED)の「再生医療技術を応用した創薬支援 基盤技術の開発」事業(通称 AMED-MPS1 プロジェクト)に参画し、日本発のオリジナルMPSデバイスの開発に従事してきた。また、2021年から始まった第二期目の事業(通称AMED-MPS2)の中で、東海大学の木村啓志教授が開発されたオンチップポンプ型多臓器MPSデバイスの工業製品化およびアプリケーション開発に尽力している。
本発表では2024年夏に発売予定のオンチップポンプ型多臓器MPSの特長およびアプリケーションについて報告する。併せて、欧米MPSサプライヤー企業の状況を踏まえた当社の差別化戦略ならびに事業開発状況についても紹介する。
略歴
2010年3月 九州大学大学院システム生命科学府システム生命科学専攻修士課程 修了
2010年4月 住友ベークライト(株)入社
2010年7月~2014年3月 同社 S-バイオ事業部 研究部
2014年4月~2014年12月 同社 S-バイオ事業部 マーケティング・営業部
2015年1月~2019年11月 同社 米国子会社Vaupell Molding and Tooling Inc. 出向
2019年12月~現在 同社 S-バイオ事業部 マーケティング・営業部
【講演6】
細胞を中心とするMPSに関わる標準化動向(ISO/TC 276)
河内 幾生
(一社)再生医療イノベーションフォーラム
(富士フイルムホールディングス(株))
Microphysiological System (MPS)は、ヒトや動物由来の特定の組織や器官の機能的特徴を体外でモデル化するために、その機能や病態に重要な生理学的側面を模倣した微小環境に細胞を曝露することによって提供する、マイクロスケールの細胞培養プラットフォームである。
細胞とデバイスより構成される異分野技術を融合する国際標準化も、複数の専門委員会及び作業部会が対象となる。デバイスに関してはISO/TC 48/WG 3(Microfluidic Devices)、細胞はISO/TC 276(Biotechnology)、両者を融合したMPSはISO/TC 276が主導するISO/TC 48との合同作業グループにおける議論が望ましいと考えられ、そのコンセンサスが形成されつつある。
本講演では、細胞及びMPSに関する活用可能な標準、開発計画について説明する。
細胞に関わる標準は、すでに治療用細胞を主な適用範囲としてISO/TC 276において開発・発行されている。代表例として、「分析方法」に関して、目的に適合する分析法のデザイン、分析法の妥当性確認、試験、及び報告に関する一般要求事項を規定したISO 23033(細胞治療製品の試験及び特性評価に関する一般要求事項及び考慮事項)、「周辺産業」に関して、供給者が提供すべき情報及び使用者が採否を判断するために実施すべき事項を規定したISO 20399(細胞治療製品及び遺伝子治療製品の製造時に使用する補助材料)が挙げられる。また、「製造」に関する標準として、製品ライフサイクルを通して一貫性のある製造の実現を図るための「細胞製造マネジメントシステム」が、日本産業規格(JIS)として開発中である。これらの幾つかは、適用範囲が治療用細胞であるが、MPS用細胞に対しても使用可能である。
AMED事業では、Context of Useに基づきMPSの仕様を決定、仕様に基づき細胞及びデバイスを開発、組み合わされたMPSの妥当性確認を行って、物質評価を実施することを推奨している。この一連の流れに対して、各ステークホルダーの役割を文書化した「物質評価のための生体模倣システムの開発プロセス」をISO/TC 276/WG 4に提案予定である。
略歴
1989年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程(有機合成専攻)修了、同年4月、富士写真フイルム(株)(現、富士フイルムホールディングス(株))に入社。2017年10月より、国際標準化推進室にて再生医療分野の標準開発に従事、現在に至る。
再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)の標準化委員会、細胞評価及び製造基盤標準化委員会及びISO/TC 276国内委員会の委員長並びにFIRMマーク認証室長として、再生医療分野の標準開発、認証制度の運営等を主導、標準に基づく産業基盤の構築を目指している。
【講演7】
細胞とデバイスの融合技術:MPSの標準化
中江 裕樹
特定非営利活動法人バイオ計測技術コンソーシアム
事務局長兼研究部長
動物実験の代替法としてだけでなく、iPS細胞等の利用によりヒトの生理学的な反応を模倣することによって、医薬品の効果・効能や安全性を評価するためのシステム、MPS (Microphysiological System)が注目されている。
MPS技術の標準化のためには、欧州を中心に進められているデバイスの標準化だけでなく、その中に配置され、生体機能を担う細胞や、組織の標準化を同時に進めなければならない。MPSという複雑なシステムの標準化のためには、これらデバイス側と、細胞側の標準化をハーモナイズして進める必要がある。
日本は、これまで再生医療に関係する標準化を目指し、TC 276/WG 4 Bioprocessingにおいて積極的に標準化をリードしており、このWGでMPSの細胞側の標準を開発しようと考えている。一方で、デバイス側の標準化は、欧州で標準化を推進する主要なメンバーが参画するTC 48/WG 3で進められており、TC 48のO-memberであった日本は、Liaisonを形成して議論を進めてきた。この度、日本が正式にTC 48での標準開発活動に参入する意思表示を行いP-memberとなって活動を開始したことから、その経緯と内容について紹介する。
略歴
1986年4月、株式会社東芝入社後、1993年学位取得、1994年には、ドイツ・ザールランド大学・医学部へ在職留学。1999年5月より株式会社日立製作所に勤務、2003年12月、代表取締役CEOとして株式会社カナレッジを設立。2006年より株式会社メディビックに入社、2007年3月、同社常務取締役就任。
2008年9月、バイオビジネスソリューションズ株式会社を設立、代表取締役社長就任。2009年7月より2013年10月まで、株式会社ジェネティックラボ取締役。
特定非営利活動法人バイオチップコンソーシアムについては、設立時より関与し、現在事務局長と研究部長を兼務、さらにISO/TC 34/SC 16/WG 8および、ISO/TC 276/WG 4 のConvenerをはじめ、ISOの専門委員会のエキスパートとしてバイオ分野の標準化を推進している。